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串カツ物語

POSTED : 2015.6.16

 

ページ 3

 

しばらく沈黙が続いた。 勝は、こんな時、無理に言葉を探したりはしない。 ただ、目はそらさない。客が小さな覚悟をして、心の底を打ち明けたことを十分知っているからだ。

勝の、客の気持ちを受け止めるようなまなざしを見て、 客は少し「しまった」と思ったのか、 「いきなりこんなことを言ってすいません。」 と言い、 ビールジョッキを持ち上げながら、下を向いた。

すかさず勝は声をかける。 「お子さんはいらっしゃるのかい。」

実は勝も30歳手前で一度離婚している。 その時、勝には3歳になる息子がいた。

しかし、勝はそれ以来、当時の妻にも息子にも、 一度もあっていない。

もちろん、会いたかった。 勝はこの40年以上の間、一度たりとも息子のことを忘れたことはない。 しかし、一度会えば、次また会いたくなる。 戻れないと分かった以上、勝は会わないと誓った。

息子は生きていれば、今日の客と同じくらいの年齢である。 客の話を聞いて、勝は息子のことを思い出さずにはいられなかった。

「息子と娘が、それぞれいます。もう二人とも中学生です。」

そう答える客の声で、勝はふと、我に返った。 勝が客の話を聞いて、自分のことを考えるのはめずらしい。

「そうですかい。もう大きいですね。早くに結婚なさったんですね。」

客は、勝の言葉を受けて、ポツリ、ポツリと、身の上話を始めた。

客は今、42歳。 設計事務所を経営しているようである。 収入は世間一般の水準と比べるとかなり高く、 生活には苦労していないとのこと。

東京の大学を出たばかりのころは、大手住宅メーカーで働いていたらしく、 全国を転々としていたとのことである。 最初の勤務地が金沢支社で、その金沢支社勤務時代に同僚の紹介で、 奥さんと出会ったようである。 その後松山支社、仙台支社、大阪本社と転勤をしてきたが、 奥さんが、そんな転勤生活に 「地元にも帰れない」「友人もできない」「子供の転校がかわいそう」 と言い出したので、それならば、この先の転勤は、 単身赴任をしようということで、大阪で新築マンションを購入した。

ところが、マンションが建ち、引っ越しが終わるとすぐに会社から、 福岡支社への転勤の辞令が出た。 そこで、勝は単身で福岡に行くことにした。

福岡支社で過ごすこと2年。その間、勝は必ず月に1度は大阪の家に 帰ったが、さすがに体力的につらく、 幸い1級建築士の資格を保有していたので、大阪に戻って設計事務所を開くことにした。

もちろん、家族のことも思ってのことだった。 しかし、最初から順風満帆だったわけではなく、1年くらいはほとんど収入がない日が続いた。

大手住宅メーカー勤務時代は給料はかなりよく、 貯蓄も十分してきたし、退職金も十分でた。 しかし、マンションのローンもあり、 さすがにこのままでは、貯金が尽きるのも時間も問題のように思え、 奥さんが働き始めるようになったとのことである。

「妻も働き始めてつらいことがたくさんあったみたいです。 もっと、妻の話を真剣に聞いてあげればよかった。 当時の私は、自分の事務所を軌道に乗せようと必死で、 妻の悩みを一切受け止めてやれなかったんです。」

客は、絞り出すような声で話を続ける。

「その間、妻は3度職を変わりました。 ある日、そんな妻に対して、自分の仕事がうまくいっていなかった私は、 『そんなコロコロ仕事を変えて、次もどうせ続かないだろう』 と言ってしまったんです。」

「その言葉から、歯車が狂い始めました。 妻はそれまで、私の仕事中心で働き先を選んでくれていましたが、 その後、飲食店で働きだしました。」

「それでも、最初の間はよかった。妻も必死になって働いてくれて、 感謝していたんです。ああ、これで家族みんなで生きていけると。」

「ところが、今度、私の仕事がうまくいくようになってきた。

私もこのタイミングで事業をしっかり軌道にのせようと、それこそ、 昼夜関係なく、寝ずに働き続けました。 そんな日々が1年くらい続いたと思います。その間、妻が、 どんな仕事を、どんな気持ちでやっているのか、まったく考えたことなどなかった」

「すると、ある日、家に帰ると、机の上に置いてあったんです」

「妻のハンコをついた、離婚届が・・・・。」

次ページに続く